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佐々木純二の「義歯の苦手な歯科技工士・歯科医師のためワンポイントレッスン」

入れ歯作りは楽しい~患者様が感動する義歯を作るために~(序章)

私が歯科大学を卒業した頃、ミリングテクニックやコーヌス義歯、金属床などといった職人芸とでも言えるような芸術的な義歯の全盛期でした。経験の少ない私にとっては、憧れの義歯でした。その後「歯を削らない」ミニマムトリートメントの時代になり、歯周病の病態も解明されるとともに、これらの義歯の弱点も明らかにされていきました。その結果、このような義歯は徐々に廃れていきました。

但し、この時代に発展したオーソドックスなクラスプを使用した義歯はずっと名人の技工士さんによって今日まで受け継がれてきました。しかしながら「高度な技術を要する。」「完成までの工程が煩雑。」「歯科医師の能力に左右される。」などの問題点が多く、義歯を目指す技工士さんも少なくなり、名人の業を受け継ぐ技工士さんは、わずかになってしまいました。

時代は見かけ優先へ傾きノンクラスプデンチャーがもてはやされています。また保険の義歯も患者さん・歯科医師の「クラスプを目立たないように。食べ物が挟まらないように隙間なく」等の義歯のセオリーを無視した要望のため歯科技工士もその無理難題に応えるために苦労してきました。

  • クラスプを目立たない低い位置に
  • 義歯と歯との間に隙間なく
  • とりあえず入る

この3つのポイントが最重要視された結果、アンダーカットゼロクラスプ、維持は隣接面部の逆カーブ(陥凹面)に任せる

というとんでもない義歯が横行しています。

しかしこの作り方の義歯は、もはや義歯ではありません。とりあえず、口の中に入っているだけのもので、到底義歯本来の「よく噛める、バネもゆるまない。違和感がない。」という機能は、ほぼ発揮できません。

また、流行りのノンクラスプデンチャーですが、保険の義歯の理論を理解しちゃんと作れないと(装着・調整できないと)まともなものはできません。つまりノンクラスプデンチャーは保険義歯が苦手な歯科技工士・歯科医師の逃げ場とはなりません。

佐々木歯科では「よく嚙める」「外れない」「入れているのを忘れる」「義歯だと気付かれない」本当の義歯をこれまで作ってきました。

そのノウハウをたくさんの歯科技工士や歯科医師に伝えて少しでも義歯の悩みをかかえている患者様の役に立ちたいと思います。

 

①鉤歯と義歯床の接触部位の設計

部分床義歯を作る際に、考慮しなければいけないポイントはたくさんあります。今回は鉤歯と義歯との接触の仕方のお話です。義歯の装着を邪魔するもの(困難にするもの)には天然歯の豊隆、頬舌方向、あるいは近遠心方向への歯の傾斜…等があります。過去には、健全な歯を補綴することにより装着方向に平行な面を作り、計算されて美しい義歯がもてはやされた時代もありました。その後、健全歯を扱い過ぎることによるデメリットが明らかにされ、今日では「できるだけ歯を削らない。」方法にシフトしてきています。

歯科技工士はサーベヤーという器械を使って、義歯の装着方向を決定し、患者さんの口の中にスムーズに入るように頑張っています。

この際に、多くの技工士さんが見落としているポイントがあります。それは、鉤歯と義歯との接触の仕方です。

右上5,6に双子鉤が、入っている写真です。写真では、分かりにくいのでイラストで説明します。

このように5近心のコンタクトポイントを越えて頬面ぎりぎりまで床を歯に密着させて作っていませんか?

そうなると、どのようなことが起こるか考えてみましょう。5近心面と義歯床が陥凹面で密接することにより、サーベヤーで決定した義歯の装着方向に対し、捩れた装着方向を作ります。つまり、鉤歯の数だけ異なる装着方向を作ります。これが、クラスプを教科書通りに作ったら、義歯が入らない理由です。若手の技工士さんは、この現象に対しアンダーカットを浅くする(アンダーカットゼロもあり)という逃げの方向の対策を取り、それがさらに義歯の質を低下させています。

5鉤歯との接触は写真の黒いラインまでとして、そこより頬側を鉤歯から離し凸面に仕上げる。つまり黒いラインより外側は、義歯の外側面(床研磨面)として処理する。そうすればサーベヤーによる装着方向に対し遊びができて、装着を妨げなくなります。しかも、凸面カーブで外形を作り、コンタクトポイントより内側は鉤歯に密着しているので、食片圧入もありません。

実際に、最初の写真の状態では、義歯は所定の位置まで入りませんでしたが、この処置だけでスムーズに装着できました。

 

②クラスプがアンダーカットを使えているか(簡単な見分け方)

イラストは理想的な最大豊隆周囲線とクラスプ(赤い破線部分)の関係。写真は実際の義歯。裏側から見るとクラスプの中央部で面が裏返っていることが分かりますこの設計で,使用する金属に応じたアンダーカット量にすれば、装着時クラスプがわずかな抵抗を感じながらぴったりフィットし、しかも緩むこともありません。

この写真もクラスプを裏側から見たところ。どんな方向から見てもクラスプは内面しか見えません。

分かりやすくイラストで説明します。このクラスプは赤い破線部分を走行しているイメージです。つまりクラスプはアンダーカットに全く入っていないため脱離防止はできません。

このクラスプは裏側から見た時に、外面しか見えません。右のイラストの赤い破線部分をクラスプが走行しているイメージです.

クラスプの肩部分のみがわずかに最大豊隆周囲線の上。こうなると歯面にぴったりフィットさせれば義歯の着脱は不可能。装着できるように作ると当然、適合の甘いクラスプになります。

義歯の苦手な技工士さん、私が言いたいことが分かりますか?

クラスプが完成したら必ず裏側を見てチェックしてください。最初のイラスト・写真のようにクラスプの中央に近い部分で裏面から外面に変化していますか?

クラスプは裏側からチェックする習慣をつけましょう。クラスプの中央付近で面の裏返りのないものは、クラスプではありません。単なるレストです。実際には傾斜歯・歯冠長の短い歯・対合歯との関係等で上の図のように設定できるケースは限られてきます。しかしどんな悪条件でも、クラスプの原則は工夫すれば必ず適用できます。

以上の説明は、前提条件として①鉤歯と義歯床接触部位の関係を理解し、実践した上で成り立つものです。もう一度読み直しましょう。

まだまだ連載は続きますが、序章、①、②の意味が分かるだけでレベルがかなり上がります。義歯の苦手な歯科技工士・歯科医師の方の必ず役に立てると思います。頑張りましょう。